共通テスト国語 2週間前に必ずすること
先日、「共通テスト2週間前にやるべきこと・やってはいけないこと」について書きました。
今日は国語を中心に共通テスト2週間前にやるべき勉強法を取り上げましょう。
もちろん、前回の通り、国語も毎日触れていく必要があります。
現代文と古典に分けてそれぞれ何をするか詳しく書きます。
現代文は何をどうするか?
現代文は、今まで解いたセンター過去問・模試を復習します。1から解く必要はありません(解きたければ、解いても良いですが)。
ただ、文章はこの残り2週間、毎回しっかりと読んだ方が良いですよ。
文章を読む量が減ったり、読まないと、久しぶりに文章を読んだときに、頭に残りにくくなったり、理解が追い付かなくなります。
前回も言いましたが、運動と同じで、数日間運動をしない日が続くと、体力が衰えたり、体の動きが悪くなったりしますよね。頭も同じようになります。
頭の事はエビングハウスの忘却曲線があるように、時間がたてば人間は忘れます。忘れるのと同時に、衰えますから。その状態で試験に臨むのは危険です。
話を戻しますが、
現代文は文章を読むことに加え、傍線部の周辺を見て解答根拠がどこにあったのか、問題を設問の選択肢を切る練習をしましょう。
「選択肢のここが違ったんだな。」「傍線部の近くのこのん単語に注目すればいいんだな。」改めて、解き方の流れ、解く順番などの確認しましょう。
あとは、今まで出てきた漢字などはピックアップして、判別できるようにしましょう。もちろんマークなので、書けるようになる必要まではありません。
「怪訝(けげん)」「訝しい(いぶかしい)」など、こんな単語があったなと知っているだけでも漢字の正答率は上がります。
古典は何をどうするか?
次は古典です。
こちらは、とにかくこの共通テスト前2週間は音読と単語、文法の確認に尽きます。
古典は文章の中身自体は非常に易しいです。
以前、私の別の記事でも書きましたが、古典は現代語訳を見て問題を解くと、ほとんど全員が満点を取れます。疑うのであれば、一度自分で解いてみると良いですよ。
現代語訳は現代文で書かれているのに、古典の場合は解けるが、同じ現代文でも、第1問や第2問で問われる評論や小説では必ず満点とはなかなかいきませんね。笑
その分古典の内容自体は易しいということです。
それが分かれば、最後まで古典になれることに努めましょう。
訳を見た上で結構ですので、とにかく最後まで音読をしてください。古典独特の意味の単語や現代語と意味が変わらない単語、独特な言い回しや表現などにトコトン慣れましょう。
古文は文章そのままを、漢文はあの漢字のみの状態のまま、すらすらと書き下し文に変換して音読が出来るように何度も繰り返しましょう。
後は古文は古文単語と文法と和歌の修辞法、漢文は句法と単語を空き時間に英単語と同じように確認してください。
古典に関してはわざわざ問題を解く必要はありませんよ。読む練習をしてください。
さ、共通テストまであと2週間!
一緒に頑張りましょうね!
共通テスト2週間前にやるべきこと・やってはいけないこと
いよいよ2週間前になりましたね!
今日は短く2点!勉強のアドバイスです。
今までの総復習でバツを減らす
1つは
もう新しい問題、初見の問題は解かない。とにかく今まで解いた過去問や模試の問題を総復習です。
もちろんこれまで解いてやり直しをしてきたと思います。その時には理解してできるようになったと思いますが、今解き直すときっとまた間違えます。今まで触れた問題で二度とミスをしないように、やったことのある問題を解き直しましょう。
やっていくと結構忘れていると思います。
この時に、忘れていた事項など、新たにノートに箇条書きにでもして書き出すと良いですよ。共通テスト直前にこれを見直しましょうよ。あなたが覚えきれなかった、苦手な事項ですよ。直前にも再度見て、再々復習をして、本番でしっかりと点数を取っていきましょう。
残り2週間ですが、まだまだやれることはたくさんありますから。
毎日全科目に触れる
よく、こんなこと聞きませんか?
「試験直前は英語や国語、数学は点数がもう上がらないからムダ。直前は理科社会をやる。」
これをその言葉の通り信用しきっては、受験失敗です。
残り2週間、英語や国語をやらなかったらどうなるか。
せっかく今まで鍛え上げた英語や国語の力を落とすことになります。
部活をイメージしましょう。テスト休みで2週間休んだ後の部活はどうですか?
体が重い、動かない、体力落ちたと実感しますよね?また、休んでる間はどうでしたか?今体が衰えてるな、体力落ちてるわと実感してましたか?
もう分かりました?
毎日続けないと衰えます。しかし、衰えてることは実際に再開しないと気付きません。だから、部活再開後が1番ケガが多いのです。部活再開後は部活休み前と同じような感覚で激しい動きをしたり、無理をしてしまいます。頭の中では休み前の体調のままだと思っていて、しかし、体は長期休みで衰えているので、このミスマッチでついついケガをしてしまいます。
受験でこの怪我の意味することは分かりますね?
確かに、もうこの時期、英語や国語がドカンと点が上がることはありません。しかし、下がることは容易にあります。
だから、この共通テスト前2週間は毎日全科目触れる必要があるのです。
もちろん、理科や社会に重きを置くのは大事。けれど、英語や国語も毎日やらなければいけませんから、そこの所勘違いのないように注意しましょう。
私も今年の生徒を全力でサポートしていきます。
今年の受験は大学入試が新しくなり、記述やら英語外部試験やらでなかなか揺れた共通テスト、コロナもあって色々と大変でしたが、大学受験生のみなさんも後少し頑張っていきましょうね!
コロナ禍で感じた塾の本当のあるべき姿について①
私は今年、このコロナ禍において、塾の本当のあるべき姿について考えるようになりました
塾業界にいる私たちには何が求められるのか、本当のあるべき塾の姿とは何か。
オンライン授業は最強の授業ではない
これから少し一部の塾を敵に回すかもしれませんね。オンライン授業を全否定しているわけではないので、大目に見てください。
最近、オンラインをアピールする塾が増えて来ましたよね。塾に届く教材の案内にもe-Learning系のものなどたくさん紹介されてます。特にこのコロナの現状はその勢いを加速させた感じもあります。
このコロナで、感染リスクを減らすための目的で導入するといった塾や、生徒さんがいますよね。今は感染リスクを減らしたいといった目的であれば良いと思います。
しかし、目新しいとか、楽だから、人件費が浮く分コスパが良い、と言うだけでは私はオンライン授業には未来がない気がします。
私もつい1〜2ヶ月前まではオンライン指導にかなり興味がありましたし、私の塾でも導入出来ないかと思ったこともありました。
しかし、この頃はやっぱり対面で紙とえんぴつを使いテキストをとにかく書き込んで解くと言う塾元来の姿の方が成績の伸びや、生徒の満足度が高いなと感じます。
業界人は知っているオンライン指導の現実
①まず、オンライン指導は元々勉強ができる子にしか使えない
自分に今何が必要か分からないと、自分に必要な、自分に合う授業が選べない。ひたすら映像を見たからと言ってできるようになるわけではありません。
②自分を律することができる人じゃないと意味がない
私達はよくオンライン授業の塾から移ってくる子に会うことが多々ありますが、その中で必ず耳にするのが、オンラインの机にこもって多くの人が寝てるということです。高校生は確かに眠気との戦いではあります。中にはスタッフが起こしに来る場合もあるようですが、常に起こしてくれる訳ではなかったり、やる子に力を注ぐため、放置のところもあります。しかし、塾で自分のお子さんが爆睡してる可能性があると考えた時に本当に意味があるのか思いませんか?有名な映像授業系の塾だと、高校生の場合、かなりの料金のはずです。
③分かりやすすぎる授業は逆に成績を下げる
オンライン授業のメリットに本当のプロの授業が見れるというのがありますよね。
だけどこれは一方ではメリットであり、もう一方ではデメリットにもなります。
私はこの話の時によくガイドさんの例を挙げるのですが、ガイドさんの話ってどの年齢、誰が聞いても理解できるように、分かりやすく、面白く、驚かされ、時には引き込まれるようなことがあります。しかし、旅行後はどうでしょう?ガイドさんの話はきれいに忘れてませんか?
人は分かっただけでは出来ないというまさに良い例ではないでしょうか?
大事なのは理解した後の練習です。オンラインは見て終わりではなく、その後、分かった後の確認、練習が必要不可欠なのですが、それができてる子は少ないです。だから、映像塾の子に今日何を学んだの?と聞くと、答えられない子が山ほどいます。答えられても、数学!としか答えられなかったり、じゃあこの問題解いてみてよと類題をさせても解けないのです。
オンラインは最強のスタイルではない
この頃は塾の指導はオンライン化され、まだまだこの波は今後も進むかとは思います。
しかし、上記のような問題は他にもたくさんあります。
映像授業最強とか、映像授業はこれからの塾の新しいあり方みたいなものになって来てますが、映像の場合、新しい分、分からないことが多いのも事実です。しかし、いつか上記のようなデメリットにも注目されるようになると、映像授業の化けの皮が剥がされ、痛い目を見る時がくるのかなと思います。
ファミレスとかコンビニ弁当みたいな感じで、24時間なんでも美味しいもの食べられるのは便利だし、できた当時は革命的でしたが、なんだかんだ家庭の味だったり、家でのご飯の重要性に立ち返りました。
健康面だったり、孤食みたいな食事のあり方みたいな面だったり。
そんなこんなでこれから未来、ファミレスやコンビニ弁当のように塾のあり方が問われる日がくるのかなと感じます。
そうなったとき、最終的に残るのは何かと言うと、やっぱ紙とえんぴつで問題を解く環境じゃないかと。
結局、受験は団体戦で、周りに勉強する人がいる環境に身を置いて、集団授業みたいなのはしないにしても、一丸になった雰囲気のもと、切磋琢磨していくことが重要な気がします。
やっぱ周りに紙にシャーペンが走る音があると、疲れたなってなっても、みんな手が止まらないな〜すごいなとか、こっちも刺激されます。
やっぱり勉強の本質はそこにある気がします。
自分の中でもまだはっきりしてない曖昧な部分があり、表現が下手な部分があったかとおもいます。ここまで読んでいただきありがとうございます。また自分の中で定まったら改めて記事にします。
子どもの習い事の注意点と弊害
前回までの子どもをダメにする親と子どもを育てる親シリーズです。
みなさん、お子さんの習い事は何をされてますか?もしくは何をさせようと思ってますか?
お子さんの方から、「〇〇がしたい!」と言われることもあると思いますが、最近では、親の方から、「子どもには〇〇をさせたい」とおっしゃられる方が多いですね。
例えば、ピアノ、そろばん、英会話、スポーツ等・・・
そして、友達と遊ぶ時間は全くなく、1週間毎日何かしらの習い事があるという子もいますね。
そもそも習い事をさせる意味はなんですか?
例えば英会話、
なぜ小さい頃から英語をさせるのか?
という疑問に、
「小さい頃から英語に触れた方が自然に身につくよ。だって英語圏の子供は生まれた時から英語に触れているから、あんな小さい子でも不自由なく英語を話せるんだよ」と答えている人をテレビでも実生活の中でも結構な回数を聞きますよね。まあ、その時に注目されるキーワードは国際性とか、国際的、グローバルな人間にしたいみたいなとこでしょうか。
こういった答えを出す親御さんのゴールは、子どもが英語を喋れるようにすること。英語を喋れるようになればOKなんです。
これは浅はかな考え、いや、愚かな勘違いです。
グローバルな人とは何かを考えた時に、コミュニケーション能力は必要不可欠です。だから、国際言語と言われる英語を話せるということは、大事な条件かもしれません。
しかし、英語はあくまでもツールでしかありません。
もっとも重要なことは、幅広い視点から柔軟に物事を捉えられる力、異文化の尊重といったような、お互いの違いに優劣をつけるのではなく、対等に考え、適応もしくはより良いものを作り上げていく力なのではないかと思います。
また、海外に出た際に海外の現地の人があなたに求めているものは何だと思いますか?
それは、日本の文化や日本人の思考といった、海外の人が普段知ることができない日本のことを求めています。
たまに、「日本は・・・がダメなんだ。一方のアメリカはね~」とか、「海外では○○が普通なんだよ」といった、ひたすら日本を批判して、海外の事を称賛する人がいますが、これは、グローバルな人だとは思いません。
最も、アメリカの事はアメリカ人に聞けばいいんです。イタリアの事はもちろんイタリア人に聞くのがベストです。生まれも育ちもその国にいるわけですから。
フランスの事を知りたいとき、
フランス語を話せる日本人に話を聞きたいですか?
日本語を話せるフランス人に聞きたいですか?
絶対に後者の方だと思います。
つまり、”○○かぶれ”のような人は求めていないわけです。
だとすると、本当に勉強しないといけないことは何だかわかりますよね。
それは、日本の事についてです。
日本語を始めとした、日本の文化、日本の歴史、観光地など、47都道府県全てに旅行へ行く、こういった経験の方が、英語を学ぶよりも何倍も大事だと思いませんか?
もちろん、英語も大事ですが、ここでは優先順位の話です。
日本の事についてもしっかりと勉強した上で英会話を習う。英会話の先生も最近は海外の先生が多くなっていますので、先生の出身国(海外の国々)について関心を持つ機会になります。そうなれば鬼に金棒だと思います。
最近では、本質を見誤った親御さんも多く、そういったお子さんは英語はできるけれど、国語は全く点数が取れないということが実は多いのです。
そして、小学校の頃は英語得意で通せても、中学高校で英語で点数が取れない、といった子が続出するのです。
さらには、英語ができるなら問題はないと考える親御さんさえいらっしゃいます。
そのため私は、幼児期からの英語学習も気持ちよく賛成はできないのです。
私は、幼児期からの英会話学習について相談された際には、なぜ英会話をさせようと思うのかを深く掘り下げて考えてもらいます。最終的にどうするかはご家庭判断ですので。
ちなみに1つ、習い事が多い子、親の干渉が多い子は遅かれ早かれ、無気力人間になる子が多いです。子は習い事をやめたくても、親を悲しませまいと、我慢して続けます。そしたらだんだんその習い事に感情がなくなり、習い事が単なるこなし作業になってきます。1つがそうなると不思議なことに伝染し、どの習い事も流れ作業になり、習い事の成果が出にくくなるのです。
親の干渉が多い子は単純に子どもが考えなくなります。子がやらないから私がするしかないと意味の分からない使命感を持って、身の回りの世話からなんでもする親がいらっしゃいますが、これは最悪ですね。今現状のそうなった原因は親です。
結局子どもが自立もしく自律をしないため、意味がありません。親のその使命感や、そのやり取りは親の自己満足にしか過ぎず、子どもの為ではない、つまり、自分の為なのです。
今日は学校に行きたくない、塾に行きたくないと甘えたりした時、仕方ないな〜と甘えを許し、休ませて代わりに親が家でつききりで勉強を見たりする方、実際に普通にいらっしゃいますが、その子が大人になったときどうするんでしょうか?
今日はきついから仕事行かないと行かなくなったらどうするんでしょう?いつまでも親が面倒見れる訳ではないのなら、それはやめるべきですよね。
子どもをダメにする親と子どもを育てる親②
今日は前回と似ていますが、中学生の勉強に関することです。
こういうご家庭が私の実体験からも最近多くなった感じがします。
何かしらの育児・教育本にでも書いてあったのでしょうか。
今回は賛否両論あるかもしれません。
ここで、ゆっくりと考えるきっかけにしてみてください。
この関わり方していませんか?
ある子の例
勉強に関して、小学校の時から、親の言うように、これは覚えるもの、これは手を動かして考えるものと、勉強をさせられた子がいました。本屋で買った問題集も現学年のものに合わせて取り組ませ、お母さんが全てチェックして、出来具合に応じて対策をしました。中学生になり、テスト期間に入ると、親が子供の学習計画を作り、進捗の確認、テスト範囲の問題集・ワークから覚えられたかどうかのテストを子どもにさせていました。
すごいお母さんですよね。
それを聞いて、私は最悪だと思いました。
この子どもは今まで自分で考えて勉強をしたことがないんです。これほど恐ろしいことはありません。
なぜなら、自分で工夫して経験したこと、失敗から学んだ経験、成功から学んだ経験は当然持ち合わせていませんし、ましてや、新しいことを始める時、行き詰まった時にどのように考えればいいか、どう乗り越えればいいか、自分で考え、実行した経験がないんです。
こういう関わり方をすると、小学生・中学生の頃はいいですよ。しかし、子どもが親の手から少しずつ離れていく時がきます。もしくは、親が勉強見るにしても限界があるときが来ますよね。
途中で親の限界が来たとき、その途端に子どもは今まで敷かれていたレールを失うわけですから、今後はどうすればいいのか分かりません。今まで自分で乗り越えたこともないので、乗り越える方法も知らないのです。
一方の親御さんは、限界が来た頃から急に変わります。
いつまでも甘えないとか、自分で考えなさいといった、急に放任主義に変わるのです。
その結果、子どもは無気力でやる気がない人間になっているか、指示待ち人間になるか、グレるかです。
だいたい、上記のような親御さんが通塾を検討するのは、成績や親子関係がうまくいかなくなってきた時ですね。
しかし、これを塾で改善するのは厳しいです。かなりの時間がかかりますし、最終的にはずっと変わらないこともあります。なぜなら、手取り足取りやった期間は約10年、通塾回数、時間で考えると微々たるものだからです。
上のような関わり方をしている場合は、今だけでなく、子どもが就職するまでずっと親自身がレールを引かなければなりません。それができないのであれば、始めからするべきではありません。